2016年5月8日日曜日

なぜ岩石祭祀と言わなくなったのですか?

 2001年~2015年の15年間、岩石祭祀学提唱地という名前のウェブサイトを続けていました。

 ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、岩石祭祀学という看板を外して、今このブログを書いています。

 これもお気づきの方がいるかもしれませんが、ここ5年ぐらい、岩石祭祀という言葉をあまり使わないようになり、そのかわり岩石信仰という言葉を使う機会が増えました。

 細かい自分語りなのですが、このことについて話そうと思います。

 そもそも、岩石祭祀学という学問を提唱するなんて言っていたのですが、たぶん本気(?)で思っていたのは最初の1~2年です。サイト開設当時18歳。若気の至りです。
 その後問題意識が変わり、岩石祭祀学などというあまりにも小さい学問をつくるなんて生産的でないと考えるようになりました。
 実際は、歴史学という既存のカテゴリーの中に置くべき"いち研究テーマ"が岩石祭祀なのですね。 こう思ったのも、もう10年以上前です。

 というわけで一言で言えば、最初に掲げた岩石祭祀学という大仰な看板をいつ外そうかという問題だけでした。結局、外せないままズルズル来たわけですけど。

 2013年に、福岡大学名誉教授の小田富士雄先生が「沖ノ島祭祀遺跡の再検討3」(『宗像・沖ノ島と関連遺跡群』研究報告Ⅲ)という論文を書いておられます。ここで抜き刷りのpdfが見られます。

 この中に磐座や巨岩信仰の研究史を振り返るページがあり、僭越ながら私の名前も出していただいているのですが、「吉川宗明氏は岩石祭祀学を提唱し、全国各地の事例を集成して大場分類をこえた分類の作成をすすめている」と書かれているのです。
 すでに本気で言っていない岩石祭祀学をまだ提唱していると思われている。まずい。

 また、2011年に『岩石を信仰していた日本人』という本を出したのですが、秋月俊也氏が『京都民俗』第29号(2012年)で書評を書いてくださっています。ここでも、岩石祭祀学という学問の名前を取り上げていただいていて、恥ずかしい。
 拙著の中では、1回も岩石祭祀学という名前は出していませんでしたが、やはりホームページのタイトルに堂々とついているのは、弁解しようもないなと。

 ということで、岩石祭祀学の看板は早く降ろそうと思っていたところ、たまたまプロバイダの変更によって2015年ホームページを閉鎖するタイミングになり、これで一度リセットしようと思ったのです。
 今のブログに名前が変わったのは、そういう理由です。

 岩石祭祀から岩石信仰に比重が変わったのは、シンプルに、祭祀という目に見えるものを研究材料とする考古学的な視点からシフトして、信仰という内面的なところまでを研究の視野に入れたいと思ったからです。
 祭祀は、まつるという目に見える行動で、信仰は、内面の心の部分で、目に見えない。
 考古学は前者を対象にできるが、後者は考古学的手法のみでは限界がある。私の力不足かもしれませんが、5年ぐらい考古学の中で信仰・祭祀研究と向き合った結果、そう思いました。
 そこで、心の内面を文字化した文献史学や、必ずしも形になっているとは限らないものを話者が口述する民俗学の出番というわけです。それだけでなく、哲学や心理学の領域にもわたるテーマが信仰です。

 私は祭祀という行動だけを知りたいのではなく、行動の裏にある心の動きを知りたいのです。
 岩石祭祀で終始するのではなく、岩石祭祀を通して岩石信仰を知りたい。
 拙著のタイトルを「岩石を信仰していた」にした理由は、そういう気持ちからです。

 以上、私の気持ちの細かな移り変わりトークでした。

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