2016年4月28日木曜日

『泊瀬神秘之事』(1581年)

解題

『泊瀬神秘之事』は、天理大学附属天理図書館が所蔵している古文献である。
 天正9年(1581年)の日付が記されているが、これが原本の制作年か、写本としての制作年かははっきりしない。著者の署名はなく不明。
 近年まで全文が公にされることはなかったが、横田隆志氏によりその全文の翻刻がなされており、詳細は氏の論文「天理大学附属天理図書館『泊瀬神秘之事』」(『大阪国文』第四十一号、2011年)を参照されたい。

 本書は、初瀬の地の地名の由来を項目別に紹介するという体裁をとっており、この中に与喜山の岩石信仰に関わる部分も記されている。横田氏論文に基づいて、重要部分を以下に紹介しよう。

祐厳『豊山玉石集』(1760年)

解題

宝暦10年(1760年)、長谷寺の宿坊の1つである月輪院の住職・祐厳の手による文献。題名が示すとおり、豊山長谷寺の多種多様の情報を収載している。
 ありがたいことに、国立国会図書館の近代デジタルライブラリーの中で全文がweb公開されている。
 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/944211/

 与喜山の旧跡について、貴重な記述が残されているので重要箇所を引用したい。

2016年4月26日火曜日

狩野織部佐藤原重頼『長谷寺境内図』(1638年)

解題

長谷寺の境内を描いた絵図は近世~近代にかけて数点の作品が知られるが、私が知る中では与喜山を最も子細に描写した絵図が本作である。
 作者は狩野織部佐藤原重頼。寛永15年(1638年)の制作と判明している。

 2011年、奈良国立博物館の特別陳列「初瀬にますは与喜の神垣―与喜天満神社の秘宝と神像―」の展示で実見する機会を得たが、縦175.2㎝、横180.5㎝ということで人の背丈ほどの大画面である。
 同展示図録から絵図の全景を引用する。

2016年4月24日日曜日

菅原道真仮託『長谷寺密奏記』(12~13世紀)

解題

『長谷寺密奏記』(以下、密奏記)は、『長谷寺縁起文』(以下、縁起文)と同様に、菅原道真が寛平8年(896年)2月10日に奏上したという署名があるが、『縁起文』と同じく、道真の役職名に誤りが見られることなどから、実際は後世に長谷寺に関わる何者かが道真に仮託して仕上げた文献とみなすのが定説である。
 その成立年代は研究者間でブレがあり、早くて12世紀中、もう1つの有力な説として13世紀後半とみなす考えがある。

2016年4月21日木曜日

ガストン・バシュラール「石化の夢想」(及川馥・訳『大地と意志の夢想』思潮社、1972年)その3

石に変えられた世界のイマージュは、宇宙の美に敏感な詩人のこうした凝視のさなかに出現するか、あるいはまたユイスマンスの作中のように、侮蔑的凝視のペシミズムを帯びるかどちらかであったが、想像力の作用をすべてつくしたわけではない。とくにある詩人たちには、石に変えようという一種の意志がみられる。換言すれば、メデューサ・コンプレックスは内向的であるか、外向的であるかによって、二つの機能をもちうるように思われる。

人間よ
きみに似ている石材を
どうしてもぼくは使うことができない
(『打出なき槌』コルチ版、一九四五年、一七ページ)

ティヴォリで発掘をいくつもやった英国の貴族のことであった。かれは女帝、アグリッパあるいはメッサリナか・・・・・・どちらでもかまわないが、その彫像を発見した。とにかくかれは自分のところにそれを運ばせたが、あまりにほれこんで眺めすぎたか、感嘆しすぎたためか、かれは常軌を逸してしまった・・・・・・大理石であるにもかかわらず、かれはそれをわが妻マイ・レディとよんでは接吻した。かれの言によれば、彫像はかれのために毎晩生きかえるのだ。そのあげく、ある朝この貴族はベッドで死んで固くなっているのが見つかったのだ。

想像する主体が狂気になったといってイマージュを合理化することは、たしかに文学のありふれた手法である。だが、この安易な手法は最終的にはイマージュへの参入の障害となるのである。

ときには、生気のないものを眺めていて、逆にこの意志のとりこになることがある。石、青銅、つまり物質の基盤そのものにおいて不動である存在が、突如として攻撃にうつるからである。

たとえば彫像とは、人間の姿で生まれようとしたがっている石であると同時に、死によって動けなくされた人間存在でもある。そのとき彫像を眺める夢想は、不動化の作用と運動を惹起する作用の律動にのって活動するのだ。夢想は死と生の両面価値にごく自然に身をゆだねるのである。

石化作用のイマージュに、氷結のイマージュや寒気のイマージュを比較するのは、まったく自然である。

たまたま、夢のなかでわたしは葡萄酒を飲むことがあったが、匂いもしないし味もなかった。それにシャンパーニュ人にとって我慢のならないのは、夢のなかで飲む葡萄酒が室温にしてあることだ。それはなまぬるい――当然――牛乳のようだ。夢のなかで冷たいものを飲むことはありえないのである。

とくに新時代の詩人、現代の詩人が、直接的な素速いイマージュ、寒さの全石化作用、全鉱物化作用を数語で生み出すイマージュを作ることができる。

常識の立場から見るならば誇張と思われるイマージュをとりあげよう。というのは誇張の遠近法はひとつのイマージュの力を示すのに特有のものなのだから。ヴァージニヤ・ウルフの小説『オーランドー』にいくつか見られる。まず小鳥だ。空中で凍てつき、ただの石ころみたいに空から突然落ちてくる。凍った川。魚を動けなくするだけではなく、不意うちをくった人間たちまで動けなくする。かれらは川がまた流れはじめるときでさえ、石像のような状態をつづけている。この女流作家はいう(三一~三二ページ)。長い冬の間「氷の猛威は度はずれなものであって、時には石化作用まがいのことまでもする。ダービージャーのある地方で注目を集めた岩石の出現だが、これは溶岩の噴出のせいではなく・・・・・・突然、不運な旅人が凝固し、しかも疑問の余地なく本物の石に変えられたものなのだと広くいわれている。この時に、協会は大した手助けはできなかった。地主の何人かは、これは本当の話だが、この人間のなきがらを、祀った。しかし、多くはこれを境界石に利用した。・・・・・・あるいは形がそれに適しているものは水飲み槽に使用した――大半のものはこれらの役目を現在まで立派に果している。」

このページが英国人の読者とフランス人の読者とに同じ影響をもつとは思われない。まずわたしの考えをのべると、わたしはこのページをいつも同じように読むことはできない。読むたびにつまらなかったり、あるいは面白かったりする。

まったく単純なテーマに関して、読者たちが多様な傾向を示すだけではなく、同一の読者のうちにも読書にさいしいくつかの相違なる気分があらわれるために、判断の可変性のあることが明らかになった。

とどのつまり、結氷が生きた人間を動かなくするということは正しいのではないだろうか。

そうするとこういうちょっとした事実が、夢みることを許可するのであり、宇宙の石化作用開始の許可を与えるのである。


2016年4月19日火曜日

ガストン・バシュラール「石化の夢想」(及川馥・訳『大地と意志の夢想』思潮社、1972年)その2

レオナルド・ダ・ヴィンチは画家にその想像力を支持しまた同時にそれを解放するために、壁の亀裂を眺めながら夢想することをすすめたことがある。このテーマがユイスマンスの夢にもあるのだ。古い壁には(『仮泊』五四ページ)「ぞっとする老年の持病がならんでいる。水のカタル性の喀出、漆喰の赤色膿疹。窓には目やにがつき、舗石は瘻ができ、煉瓦には癩病がとりつき、塵芥の大出血だ。」

この金属的な壊疽や石化した傷口は絵画的なものの単なる行きすぎではなくて、あらゆる実体についての深い疑惑を含んでいる。

小説『仮泊』の冒頭には石の夢が描かれている。そのテーマは精神分析の初歩的教育の基本練習問題となるだろう。その上面白いことにはこの小説のあとの方で、ユイスマンスがこの夢の解釈をおこなうことである。

石にされた果物は、地上の恩恵を拒絶する、大地の想像力の食慾欠乏という特色をあらわす

「それぞれ一個の石から切りとった葉が、いたるところにからみついていた。いたるところに、葡萄の株の赤い炭火が燃えない炎をあげている。その炭火には蛇紋岩や大理石や、さまざまの微光をはなつ、明るい緑のエメラルドの光をきりとった葉をつけた、鉱物の薪がさしかけてある。葉は草色の橄欖石(オリヴィヌ)、海緑色の藍石、黄色がかったジルコン、空色の緑柱石。いたるところ、上から下まで、支柱のてっぺんから、幹の根もとまで、葡萄の木は、ルビーやアメティストの葡萄の粒をつけ、ガーネットやアマルディヌの葡萄の房や緑玉髄の白葡萄や、うすい橄欖石や石英のマスカットを稔らせ、赤い稲妻、紫色の稲妻、黄色の稲妻の信じられないような光線を放射し、梯形に火のような果物をつるしていた。その外観は、螺旋の圧搾機の下で、まばゆい炎のように葡萄液を吐き出すばかりの、収穫したての葡萄とまったく見まごうばかりのものであった。」

おそらく大地に無神経な読者は、こういう個所はなんのためらいもなくとばして読んだことだろう。つまりここに具象的な描写のための安易な手法しかみとめないはずだ。もし読者がポール・クローデルの『宝石の神秘学』に捧げたあの文章のように深い象徴的価値が働いているのを感じたら、そこに吸いよせられただろうが。夢の心理学者もユイスマンスのこのページに、同じようにきびしい態度をとるであろう。あまりに盛りだくさんなので、この夢に正統的な無限状態をみとめることを拒否するだろう。けれども文学的夢想の精神分析家は、この積みすぎこそ作家を導く関心をまぎれもなく示す契機だととるべきである。

石に変えられた葡萄の根は「たましいの暗黒部において作用している地下の糸」でありその道筋をたどっていくと、夢想家の「忘れていた地下倉が突然照らし出され、子供のころに使っただけで、放ってあるその物置とつながっていくのを見る」(六〇ページ)ということができる。

「緑石(マドレポール)」は石化した泉に参入することではなかろうか。イマージュを全体化しようとする夢想のためには、湧水と水盤の共生がある。

夢想の独立したひとつの世界が石と水を結合するイマージュ群のなかで活動しはじめる。そのイマージュは石を分泌する力を水に与え、石には鍾乳状に流れる力を与える。泡だつ白い水はガラス状になったもののイマージュを喚びおこす。

パリシィは石や水晶の形成を、水が凝固し、水が大地を濃縮し、それにインクの価値を与える作用だとみなしている。ペンの夢想家ならだれでも、この白いページの上の黒いインキの価値に敏感であるべきだ。

しかしふたつの物質の元素の境界で形成されるイマージュ群をことごとく研究しようと望んでもきりがない。大地の元素にとって、すべての泉は石化しうるものだ。大地から出てくるものは、岩石の実体の徴しを保っているのである。


2016年4月13日水曜日

ガストン・バシュラール「石化の夢想」(及川馥・訳『大地と意志の夢想』思潮社、1972年)その1

大地的な人間は大地を好まない。大地も、岩石も、金属もかれの嫌悪を表明するに役立つだけであろう。

石化する夢想については、ユイスマンスが数多くのページをさいている

小説『仮泊』(クレス版)を選ぼう。それは多くの点で反-大気的な人間、つまり大地的な人間によってものがたられた月旅行の話である。

月そのものの上でも「眼があちこちと落ちつかなく動いている間に」ユイスマンスは「乾燥した漆喰の無限の砂漠」を見てとる。漆喰という貧困で安っぽい物質のこの名詞ひとつで、大空の光はすべて石化されるのである。水の夢想家なら月の水として、あるいは大気の夢想家なら月の流れとしてすぐ感じるような月の光の運動が、停止させられてしまったのである。

「空虚。虚無。芳香の無。嗅覚と聴覚という感覚器官の廃絶。そこでジャークは、実際に足の先で石の塊を地面からひきはなして蹴ってみた。それは紙風船でも転がるようにことりとも音をたてず坂を転がっていった。」たしかにこの記述のどこをとっても、かなり空しい文学的な試みだと見ることができるほど、暴力的イマージュを盛りだくさんに積み重ねている。

截然たるイマージュ群を喚起するこの意志こそは、外科的な真のサディズムをあらわすものではないだろうか。ユイスマンスはまさに月の「白いテーブルクロス」の上に「外科の手術器具箱」をひらいて見せる。

作家は声も物音も真空のなかでは伝達されないことを学校で習った。近代の書物で、月は大気のない天体であり、空虚な空のなかに迷いこんだものであることをかれは読んでいる。かれはこの知識をすべて配列し、うまく結合するイマージュ群を作り出した。しかしこういった合理性の萌芽も、石化作用という このイマージュ群の直接的性格を、われわれの目からそらすことはできない。ユイスマンスのこのページをメデューサ・コンプレックスの挿絵とみなすことができるほど《石に変える》意志を前にしていることはうたがいないからだ。

そこに、沈黙した激怒、石化した憤怒、度をこした瞬間に突如として封じこめられた怒り、を知ることができるだろう。

この巨匠の作品には、このような怒りのスナップの写真がほかにもたくさん見られる。

経験に富んだ心理学者なら、この調子(トーン)には《メデューサ・コンプレックス》つまり一語や、一瞥をもって、他者をその人格の根源において支配したがる、催眠術師の悪い意志の存在を、みとめることができる。

自己自身を無感動な硬い物質に変えることができるならば、呼吸と、ささやきと、匂いとを同時に否定するという、ユイスマンスの欲求をよりよく理解できるようになるだろう。

人間の睡眠の感覚の多元性は大きい。われわれの身体全体が眠ってしまうことはけっしてない。そのためにいつも夢をみるのである。しかし全感覚器官や、全欲求がこぞって夢みることも絶対ない。われわれの夢は、したがって、ひとしい光でわれわれのパーソナリティ全体を照らし出したりはしないのである。

睡眠というただひとつの行為でも、夢みる人間は非常に相違なるいくつかの次元を沈下し、感覚的ないくつかの経験をする。しかもこの経験は、ただ一種だけの感覚器官の特権的な生命のおかげで、同質性を保持することがしばしばあるわけである。たとえば、ユイスマンスの月の夢は、硬さ、冷たさのまったく視覚的な感覚を残すのみである。

ユイスマンスのほかの多くの著作でも、鉱物化された風景という理論の裏打ちができるようだ。

ユイスマンスにとっては、金属のイマージュは呪詛の用具である。

詩人は《もの》を憎悪できることが理解できるだろう。


2016年4月12日火曜日

ガストン・バシュラール「岩石」(及川馥・訳『大地と意志の夢想』思潮社、1972年)その4

ダンテが「凡庸な登山家であることが明らかになる」とラスキンは結論した。「すべてこういう個所ではダンテの注意は、登頂できるか、あるいは登頂できないか、という特徴に完全に集中している・・・・・・かれは、切りたった、怪物のような、切りとった、有害な、けわしい、以外の形容詞は使用しない。」

ダンテ的という形容詞がだれか作家のペンの先にあらわれるときは、それは大半が岩の世界、石の世界を表すのだということである。ダンテの岩石は原初的イマージュである。

恐怖をあらわすすべての比喩と同じように、並はずれて大きい岩石も笑いの対象となることから免れることはできない。

岩石はまた非常に偉大なモラリストである。たとえば、岩壁は勇気をもつ師の一人である。

ヴィクトル・ユーゴーは「奇怪なかたちの岩礁に対する波の戦闘をすべて知覚できる」とベレはいう。

「二つの岩礁は昨日からの嵐になおも見舞われていて、汗びっしょりの闘士のように見えた。・・・・・・」(V.ユーゴー『海の労働者』ネルソン版、第二巻)
アンドレ・スピールの一行も同じ力学を追求している。
岩礁は笑いながら、泡をきみに吐きかける。(A・スピール『嵐。不条理の道の方へ』)
力動的想像力と力動化する想像力の法則である力の本質的変換をこれ以上によく表わすことができようか。無限の海を前にした岩礁は男性的存在である。

おそろしい岩壁のなかを吹く風は、どうしてつんざくような声を出さずにいられよう。岩の喉は狭い通路だけではなく、大地のすすり泣きにも震えだす喉だ。

日々の労働生活を勇気をもって推進するためには、人間は真の宇宙的モラル、自然の雄大な光景のなかで表現されたモラルを必要とするのだ

現代の読者は、こういうイマージュにほとんど重要性をみとめない。しかしこの不信が不誠実な文学批評、ひとつの時代の想像力を発掘できない批評に、読者をおもむかせているのだ。こうして読者は文学のよろこびを喪失する。合理化するだけの読書、イマージュを感じない読書は、文学的想像力を当然軽視するにいたることは驚くにあたるまい。

ゲーテなどが岩を眺めて見出した、安定性の教訓をすべて跡づけるには、多くの紙幅が必要だろう。

ゲーテは、花崗岩、この原岩石に情熱的な愛着を感じていた。花崗岩は「もっとも深く、もっとも高い」ものを示している。

木の生えていない高い頂きにすわって、ゲーテは自分に向ってつぎのようにいうのが好きだった。「ここでお前は大地のもっとも深部まで達している基盤に直接休息しているのだ。・・・・・この瞬間に・・・・・・大空の作用と同時に、大地からの内密な力がわたしの上に働きかけているのだ。」

別のところでゲーテは書いている。「岩山、その力がわたしのたましいを高揚させ、そしてゆるぎないものにする。」花崗岩の岩壁は賛美されたかれの存在の土台石になるばかりか、内面を鞏固にしてくれるわけである。

大地ではなく、岩石に所属することは、大きな夢であり、文学のなかにも無数の痕跡をのこしているのが見られる。岩壁に築かれた城の栄光をうたい、岩石の間で生きる人々の勇気をたたえる作品のいかに多いことか。

クレメンス・ブレンターノ(デュルラー『ゲーテとドイツ・ロマン主義における鉱山の意義』二〇三ページの引用)もまた花崗岩の誇りを分有した。
この永遠の法則、 社会の根底となる原花崗岩をお前が罵るなら 山脈のなかで光にせまる 地球の核心を侮辱することになろう

ヘーゲルにとって花崗岩は《山々の中核》である(『自然哲学』仏訳Ⅱ巻三七九ページ)これはすぐれて具象的な原理なのである。金属は「花崗岩より具象的でない。」「花崗岩はもっとも本質的、基本的な実体であり、それになにか形成物が付着するのだ。」ひとつの物質にたいするこの偏愛、予期しないこの断定は、人間がイマージュに服従するものであることを十分に証明している。

花崗岩がその存在の恒久性を主張するのは、その小さな粒子そのものにおいてである。それは浸透も、傷も、磨滅も、一切受けつけない。そのとき、一群の夢想が発生し、それが意志の教育に大きく役割を果す。ゲーテの様に花崗岩を夢みることは、動かしがたい存在として自己を示すだけでなく、あらゆる打撃や、あらゆる侮辱にも内面的には自分が無感覚でいるようにするためなのだ。軟弱なたましいは硬い性質をほとんど想像することはできない。

たった一行で、詩人は硬い物質の高貴さを感じとらせることができる。
手にかくもなつかしきある言葉、花崗岩。
と『手帳』に書いたのはヤネット・ドレタン=タルディフである(『生きる試み』七三ページ)。岩石の実体をあらわす語そのものが、固い単語であることは注目すべきではないだろうか。

口で話す場合にも、人間はその手の経験を保存しようとするのである。こういう単語を口を動かして発音してみれば、優れた地理学者、ウェルナーが鉱物の名称は原始的語根であると躊躇なく断言したことを、だれしも大目に見るはずだ。岩石は硬質な言語というものをわれわれに教えるのである。

2016年4月10日日曜日

ガストン・バシュラール「岩石」(及川馥・訳『大地と意志の夢想』思潮社、1972年)その3

岩壁の機能は、風景に一点の恐怖をそえることにある。

「英国人なら岩壁に対し、ただ危険な印象を与えるほど大きくあれとしか願うまい。もし岩壁が崩れ落ちてきたら、わたしは確実におしつぶされるだろう、といえることが必要なのだ。」(ラスキン『思いの出の記』)

実際数多くの夢想家にとって重厚な岩壁は、自然の墓石である。

さて、ある種の伝説の人間的象徴体系は、きわめて明快なときもあるので、その伝説が利用しているイマージュの素材から、いともやすやすと関心をそらすことがある。知的文学はイマージュの文学に被害を与えるわけだ。知的文学は人間の性格を説明する。そしてイマージュの生命に能動的に参加することをやめる。

なぜ象徴体系のフォルムしかとらえず、その力動性を生きようと試みないのだろう。ここでの関心はきわめて貧困である。われわれはこの石をいま生きない、石をもはや生きないのである。石切場に足をふみいれることなく、前を通りすぎるだけの散歩者がいかに多いことだろう。それでは石の脅威や支柱の勇気をひとは理解できないのではないだろうか。

努力の瞬間についてカミュは謎めいた表現をとっている。「石にぴったりくっついて労々辛苦するひとの顔は、すでに石そのものである。」わたしなら逆に、人間の努力をこれほどふんだんに受けとる岩はすでに人間そのものであるといいたい。

厄介なことは、岩の無表情はどれだけでも脅威だということである。

ひとつの石がお前にほほえむのを もしいつかお前がみたら お前はそれを話してくれるだろうか。(ギルヴィク『水と陸よりなるもの』)

ソーローは沼の《深さ》のしばしば伝説化される意味について模索している。水の深いことはかならずしも必要ではない。もし岸が山のようにそそり立ち、岩壁の頂が水に影を落しているとするなら、ひとは深さを十分夢想できるからである。夢想する人は《深く》ない鏡の前では夢みることができない。そこでソーローはつけ加える。「われわれの身体でも、ぴんとはり出した眉毛は眼に影をおとし、それに応じて思索の深さも示している。」

こうしてあらゆる繊細微妙な心理さえも無感覚な岩のなかに最終的には表明されるのである。人間の伝説は生命のない自然にその挿絵を見出だす。あたかも岩石に自然の碑文が刻まれるいるかのようだ。詩人はそうすると、もっとも古い古文書学者となるだろう。物質はこのように深く伝説的なのである。

ガストン・バシュラール「岩石」(及川馥・訳『大地と意志の夢想』思潮社、1972年)その2

岩石を夢想するひとは、もちろんそのプロフィルのたわむれだけに満足することもないし、その一時的なフォルムに名前をあてはめていくあそびにも満足しない。

「砂岩はこの世にあるうちでもっとも面白く、もっとも奇妙なふうに捏ねあげられた岩である。それは岩のなかでは、ちょうど木でいうなら楡の木のようなものなのだ。表面をとりつくろわず、むら気なところもなく、夢を追うこともない。それはあらゆる顔かたちをとり、あらゆる渋面を作る。それは複雑なたましいによって動かされているようだ。こういうものについて、たましいということばを使ったことをお許しいただきたい。」(ヴィクトル・ユーゴー『アルプス山脈とピレネー山脈』)

メンヒールたちは夜になると行ったりきたりする そしてお互いに少しずつ噛りあう ・・・・・・ 冷たい舟が岩の上に人間をおしあげ そしてしめつける。(ギルヴィク『水と陸よりなるもの』[カルナック])

巨大な石はその不動性そのものによって、むしろ浮き出してくるような能動的な印象を、つねに与えるように思われる。

「大地の外につきでた大理石の巨大なかたまりや荒野の原始的場景。」「人間たちがどうして石を熱愛するのか手にとるように判る。それは石ではないのだ。それは人類以前の時代の強力な大地の神秘的な力の顕現である。」(D.H.ローレンス『カンガルー』)

理性が岩を不動といったところで無駄なのである。知覚が石はあいかわらず同じ位置にあると確認しても無駄だ。経験が奇怪な石も温順な形であるとわれわれに説得しても無効だ。挑発的な想像力が戦闘に参加してしまったからである。

「かれは力をこめ、威嚇的に石のまわりを睨みつける。かれはその石を割るのだ。どうしていけなかろう。一個の石に許しがたい憎しみを感じるとき、石を割るのは単なる儀式にすぎない。それがもし、石が抵抗し、倒れることを拒否したならばどうだろう。そのとき、情容赦のないこの死闘で、どどちらが生き残るか判るはずだ。」(クヌート・ハムスン『奴隷の土地の目覚め』)

ではなぜ石の世界は敵意に対する敵意、制御された恐怖に対する無言の敵意を、人間に送り返えさないことがあろうか。

岩石を行動的に眺めるということは、そのときから挑発体制下におかれることを意味する。それは巨大な力に加担し、そしておしつぶすようなイマージュ群を支配することだ。

岩石はこのように原形のイマージュなのであり、現実のすべての深みと冗漫さを生きるすべをわれわれに学ばせる能動的文学、行動性の文学を体現するものなのである。